兼松株式会社Kanematsu Corporation.
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激変する鉄鋼マーケット 兼松の強みを活かし 突破口を切り開く

Project of KANEMATSU03

進藤 有希 特殊鋼貿易部 第二課
2006年入社/第一文学部演劇映像専修卒
元々はマスコミ志望だったが、学生時代の留学を機に、海外展開する商社に関心を抱く。サークルで様々なイベント運営を手掛けていたことから、今でもお祭りが大好き。ここ最近では、兼松125周年記念大運動会の実行委員として活躍した。

『産業の米』と呼ばれるほどに、鉄はあらゆる産業に欠かせない素材であり、日本の鉄鋼製品はその品質の高さが全世界で認められている。進藤が身を置く鉄鋼ビジネスにおいては、競争相手は世界各国に存在し、日々変わりゆくマーケットにおいて“安住”の二文字は無い。兼松ならではの強みを活かし、いかにして変化に順応した新たなビジネススキームを作り上げられるか、その挑戦は今も続いている。

日本の“高品質”を世界へ広げたい

特殊鋼貿易部第二課が取り扱う商品は、ばね、歯車、ボルト・ナットなどの原料となる棒鋼・線材だ。仕入先は国内の鉄鋼メーカーで、これを欧米、アジアの加工業者や自動車部品メーカーに販売している。

「学生時代にアメリカ、中国へ留学し、現地の至る所で日本メーカーの自動車、家電製品が”高品質”の代名詞として受け入れられていることに驚きました。優れた日本の製品を世界へ広げる力になりたい。そういう思いで兼松へ入社したことを覚えています」

こう語る進藤は、希望叶って特殊鋼貿易部第二課へ配属となる。
進藤が入社した2006年、鉄鋼業界は好景気の波の中にあった。
欧米の自動車生産が伸び続け、中国を中心とした新興国の経済成長にも支えられ、鋼材需要は世界的に拡大。また、資源ブームで鉄鉱石、石炭といった原材料価格も急騰し、鋼材価格も右肩上がりだった。当時は中国、韓国の鉄鋼メーカーの実力も未だ追いついておらず、日本材の品質優位性を認めてくれる顧客も沢山いた為、商社の伝統的なビジネススタイルである貿易取引が十分に機能していた。そうした環境の中で仕事を覚えていった進藤に、大きな分岐点が訪れる。2008年9月、アメリカのサブプライムローンの破綻を契機とした金融危機、いわゆるリーマン・ショックである。

100年に一度の金融危機下でのシカゴ駐在

リーマン・ショックの負の連鎖は金融業界のみならず、あらゆる産業へ急速に波及した。自動車業界もその影響を大きく被り、GM、クライスラーといった超巨大企業が相次いで経営破綻。当然ながら、これらの企業と取引をしていたTier 1, Tier 2と呼ばれる部品メーカーも甚大な被害を被る。アメリカの自動車生産はピーク時の約半分まで大きく落ち込み、開発資金を要する新規プロジェクトは凍結、当然ながら、自動車部品製造に使われる棒鋼・線材の需要も急速に冷え込んだ。そんな逆風が吹き荒れる2009年6月、進藤は兼松米国会社シカゴ支店鉄鋼部へと異動となる。

「入社4年目という非常に早いタイミングで自分を駐在に出してくれた上司には頭が上がりません。ましてや駐在先は、戦後最悪の不景気に見舞われているアメリカ。ただ、折角掴んだチャンスですし、景気も底を打てば後は上がるだけと前向きに捉えて、がむしゃらに頑張ろうと心に誓いました」

そんな進藤の熱意をあざ笑うかのように大きな試練が訪れる。これまで安定的に日本の鋼材を買ってくれていた大手顧客が突然、数千トンのオーダーキャンセルを申し出てきたのだ。「目の前が真っ暗になりました。その時はタイミング悪く上司も不在にしていて、善後策の判断も付かぬまま、兎に角顧客に会って事情を聴かなくてはと思い飛んでいきました」未だ慣れない英語でのコミニュケーション。競合サプライヤー(供給元)が大幅に安い価格で参入してきたことが原因だということを知らされるも、自分の言いたいことを上手く伝えることも出来ずに面談は終了。自分の未熟さ、そしてビジネスの厳しさを痛感した一件だったと進藤は振り返る。その後も順風満帆とは決して言えない状況が続くも、ある時、上司が種を蒔いていたビジネスが大きく花開く。それは、単純な売買だけの貿易取引ではなく、”在庫管理、市況価格の変動リスクをサプライヤー側で管理する”という画期的な仕組みだった。当然、顧客にとってはリスクが大きく減るため、魅力的なスキームである。このスキームの構築に携わったことが、進藤にとって大きなターニングポイントとなった。

「景気が大きく傾いたり、品質重視の顧客がコスト重視へと考え方を転換したり、競合サプライヤーが急速に実力を付けて市場を席巻したりと、鉄鋼製品のグローバルな世界では様々な変化が起こります。そうした変化に対応した新しいスキームを模索・提案し続けることに商社の役割、そしてビジネスの突破口が有るのだと実感しました」

どん底な状況、そして新しいビジネスの成り立ちを一から経験した進藤は、その後何度も訪れる困難を乗り越えて成長していく。そして、駐在当初にキャンセルを受けた顧客に対しても、価格変動リスクをサプライヤー側で管理する仕組みを提案し、見事に商売を復活させることに成功したのだ。

部門横断で兼松の総合力を発揮

シカゴでの4年半の任期を全うし、再び特殊鋼貿易部第二課へ戻った進藤。そこで待ち構えていたのが、中国・韓国の鉄鋼メーカーの台頭、そして、自動車メーカー、部品メーカーの現地生産の進行だった。

「数年前に日本の鋼材を買ってくれていた顧客が、今は中国・韓国の鋼材を当たり前のように使っている。また、円高の影響で日本メーカーが軒並み海外へ生産拠点を移管し、現地生産体制が構築されている。この二点が、駐在前後で大きく変わったと感じられた点でした」

中国・韓国の鋼材品質で満足している顧客に日本の鋼材は中々買ってもらえない。そして、日系の自動車メーカー、部品メーカーへの流通は概ね固まっており新規参入は難しい。では、どうすれば新しいビジネスが出来るのか。進藤の属する特殊鋼貿易部第二課は、社内の別部門である車両・航空部門の自動車部品を扱う部隊とタッグを組むことに活路を見出した。

兼松の車両・車載部品事業は付加価値の高い自動車部品を扱っており、欧米系のOEM、Tier 1, Tier 2(部品メーカー)に強いネットワークを持っている。特殊鋼貿易部第二課は部品メーカーへ鋼材を供給する川上のビジネス、一方で車両・車載部品事業は鋼材から作られた製品を取り扱う川中のビジネス。これまで別々に動いていた二つの事業は、実は関連性が非常に強く、品質の高い鋼材に高度な加工を施し更に付加価値の付いた部品となることで、大きな相乗効果を生み出すのだ。「大手総合商社だと部署が違えば別会社、と言われるくらい組織間の垣根は高いと思います。兼松は社内の風通しも良く、気軽に情報交換出来る素地が有る。この強みを活かして、川上から川中までを兼松が総合的にプロデュースすることが出来れば必ず新しいビジネスが出来る。この取組みは始まったばかりですが、確かな手ごたえを感じています」と進藤は話す。

熱い思いを語る進藤が、常に心に秘めている言葉がある。入社直後に父から届いた手紙の一節で、そこには「十一の心と書いて“志”になる。社会人になって最初の11年間の過ごし方でその後の人生が決まる」と書かれていた。
「父親から手紙をもらうなんて初めてで、素直に感動しました。父親を超えるビジネスパーソンになる為にも、先ずはこの11年間をがむしゃらに頑張ろう」
今でもその初心を忘れることなく、進藤は兼松で10年目の春を迎えようとしている。

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